再生医療コラム

ゲノム編集技術を利用した遺伝子治療 -注目されるCAR-T細胞

遺伝子治療用製品については以前のコラムで紹介したところですが、今回はその中でも「ゲノム編集技術を利用した遺伝子治療」に特化して紹介していきます。

> 再生医療コラム:DNAと遺伝子治療(別ウインドウで開きます)

「ゲノム編集」という言葉は、2020年に「CRISPR/Cas9システム」がノーベル化学賞を受賞したことにより、広く知られるようになりました。

ゲノム編集は、人工的に作った「狙ったDNA配列を特異的に切断する酵素」と生物が元々持っている「DNA切断を修復する機能」を利用して、ゲノム上の狙った場所を改変する技術です。
そのメカニズムは、細胞に導入した「狙ったDNA配列を特異的に切断する酵素」により、ゲノム上の特定の部位が切断されるところから始まります。酵素によって人工的に切断されたDNAは、生物が持っている二つのDNA修復機構(非相同末端結合及び相同組み換え)により修復されます。

しかし、細胞の中には「狙ったDNA配列を特異的に切断する酵素」がまだ残っていますので、せっかく修復した部位は再び切断されてしまいます。再び切断された部位は、生物の持つ修復機能により、もう一度修復されます。しかし、細胞内に存在する人工切断酵素により再び切断され…ということを何度も繰り返していると、切断部位を修復する過程でエラーを生じることがあります。非相同末端結合による修復過程でエラーが生じると、数塩基の挿入や欠失が起こります。
つまり、ゲノム上の狙った位置に数塩基の挿入や欠失を起こすことが出来るので、特定の遺伝子を破壊することが可能です。

一方、相同組み換えによる修復過程でエラーが生じると外来遺伝子を取り込んでしまうことがあります。つまり、「狙ったDNA配列を特異的に切断する酵素」と「導入したい遺伝子」を同じ細胞に入れておけば、ゲノム上の狙った位置に好きな遺伝子を導入することが可能です。つまり、ゲノム編集技術を用いれば、狙った遺伝子を破壊することも、狙った場所に遺伝子を挿入することも可能になるのです。

これまでの遺伝子治療は、ゲノム上の狙った場所に遺伝子を挿入することが出来ませんでした。そのため、疾患の原因遺伝子とは別の場所に新たな遺伝子を導入するという方法を取ることしか出来ませんでした。
しかし、ゲノム編集技術は、ゲノム上の狙った位置を改変することが出来ますので、疾患の原因となっている遺伝子異常そのものを修正することが可能です。そのため、ゲノム編集技術を利用した遺伝子治療は、究極の遺伝子治療技術となると期待されています。

ゲノム編集技術は、近年、新しく開発された遺伝子改変技術ですが、世界では既に、ゲノム編集技術を利用した臨床試験が実施されています。

遺伝子破壊を利用した治療法の一例として、エイズに対する治療があります。これは、患者さんから採取したT細胞にZFN(第一世代のゲノム編集酵素=DNA切断酵素)を導入しCCR5遺伝子を破壊し、そのT細胞を患者さんの体内に戻すというex vivoの遺伝子治療法です。

> 再生医療コラム:遺伝子治療用製品とは?(別ウインドウで開きます)

CCR5は、エイズを引き起こすヒト免疫不全ウイルス(HIV)がT細胞に感染する時の受容体です。その受容体の遺伝子を破壊することで、HIVがT細胞に感染できないようにするという遺伝子治療です。
一方、遺伝子導入を利用した治療法の一例として、ムコ多糖症2型に対する治療があります。ムコ多糖症2型は、ムコ多糖の一種であるグリコサミノグリカンを分解する酵素であるイズロン酸-2-スルファターゼ(IDS)の遺伝子異常により、体内にグリコサミノグリカンが蓄積し、発達異常、精神発達遅滞などを引き起こす疾患です。

この疾患を治療するため、AAVベクターを用いて、正常なIDS遺伝子を、肝臓の細胞のアルブミン遺伝子のプロモーターの下流に導入します。アルブミン遺伝子は肝臓の細胞で活発に転写されているので、アルブミン遺伝子のプロモーターの下流に導入したIDS遺伝子も活発に転写され、産生されたIDSタンパク質が蓄積していたグリコサミノグリカンを分解することで症状を改善する遺伝子治療です。

注目されるCAR-T細胞

CAR-T細胞とゲノム編集技術を組み合わせた「ユニバーサルCAR-T細胞」が注目されています。>

更に、ゲノム編集技術は、新たな治療用細胞の開発にも利用されています。その一つが、CAR-T細胞とゲノム編集技術を組み合わせた「ユニバーサルCAR-T細胞」です。

CAR-T細胞はがんの治療に使用される細胞で、特に急性リンパ性白血病や悪性リンパ腫といった血液がんに対して優れた臨床効果を示すことが知られており、2021年1月の時点で、日本でも「キムリア」と「イエスカルタ」の2製品が承認されています。

CAR-T細胞とは、細胞を攻撃する能力を持っているT細胞に「キメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor:CAR)」の遺伝子を導入した細胞です。「キメラ抗原受容体」は、人工的に作られた細胞膜上のタンパク質で、細胞外の領域で、がん細胞と結合すると、結合したシグナルを細胞内に伝え、T細胞を活性化する働きを持っています。
つまり、CAR-T細胞ががん細胞と結合すると、CAR-T細胞は活性化され、結合したがん細胞を攻撃・殺傷します。

現在承認されている2製品はどちらも患者さん自身からT細胞を取り出し、工場でCAR遺伝子を導入する自家の製品です。患者さん自身のT細胞を用いるので、安全性は比較的高いのですが、自家であるが故の課題もいくつか見えてきています。

課題の一つは、患者さんのT細胞は、がんに対する治療の影響で弱っており、CAR-T細胞がうまく製造できない場合があるというものです。
CAR-T細胞治療が行われる患者さんは、既に様々な抗がん剤や放射線治療を受けています。このような治療は、がん細胞だけでなく、T細胞にも影響を与えますので、患者さんのT細胞は、健康な人よりも弱った状態になっています。あまりにもT細胞が弱っていると、細胞が増えず、CAR-T細胞が製造できない場合もあります。

もう一つの課題は、CAR-T細胞の製造には、1~2か月かかるため、製造中に患者さん状態が悪化し、CAR-T細胞を投与できなくなる場合があるというものです。
このような課題を解決するために、患者さん以外の健康な人からT細胞を採取し、予めCAR-T細胞を製造しておく、つまり他家CAR-T細胞の開発が進められています。他家CAR-T細胞であれば、製造できないというリスクはありませんし、既に製造されているものを投与するだけですので、待ち時間もありません。

しかし、他人のT細胞を治療に利用することには、大きな壁が存在します。それは、他人のT細胞から見ると、患者さん自身の細胞は他人(非自己=異物)にあたるので、他人由来のT細胞が患者さんの正常な細胞を攻撃してしまうというものです。
そこで、T細胞が自己・非自己を認識するのに用いている「T細胞受容体」の遺伝子をゲノム編集技術で破壊し、患者さんの正常細胞を攻撃できないようにしたCAR-T細胞である「ユニバーサルCAR-T細胞」の開発が行われています。「ユニバーサルCAR-T細胞」が実現すれば、CAR-T細胞治療の恩恵を受けられる患者さんが、今よりも増えることが期待されています。

このような状況から、国内においてもゲノム編集技術を利用した臨床試験が始まる可能性は高く、その準備として、2018年11月~2019年10月にかけ、PMDA科学委員会専門部会にて、ゲノム編集技術を利用した遺伝子治療のあり方に関する議論がされました。
その成果物として、現状確認されているゲノム編集ツールの分類とその品質特性、治療に利用する場合の安全性評価の考え方等の見解が公開されています。

また、法整備も進められています。遺伝子治療を用いた臨床研究、治験を行う上では、「遺伝子治療等臨床研究に関する指針」に則ることが必要ですが、従来の指針における遺伝子治療の定義には、多様化するゲノム編集技術のすべてを含めることができませんでした。
そこで、2019年2月28日に定義を含めた指針の改定が行われ、ゲノム編集技術を用いた研究も明確に指針の適用範囲となりました。

遺伝子治療の定義

改正前:
遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること
改正後:
①遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること
②特定の塩基配列を標的として人の遺伝子を改変すること
③遺伝子を改変した細胞を人の体内に投与すること

更に、ex vivo遺伝子治療を行う上では再生医療等の安全性の確保等に関する法律も則ることとなりますが、こちらも2020年6月26日に法律施行規則改定が行われ、ゲノム編集技術により遺伝子改変したヒト細胞が、明確に第一種再生医療技術の対象になりました。

第一種再生医療等技術

改正前:
遺伝子を導入する操作を行った細胞又は当該細胞に培養その他の加工を施したものを用いる医療技術
改正後:
遺伝子を導入若しくは改変する操作を行った細胞又は当該細胞に培養その他加工を施したものを用いる医療技術

レメディグループでは、こうした新しい再生医療についても常に知見を深めており、未だ誰も経験したことのない製品開発においても、適切な出口戦略を提示することを目指しております。

参考文献:ゲノム編集技術を用いた遺伝子治療用製品等の品質・安全性等の考慮事項に関する報告書

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